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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)7186号 判決

原告 杉野孝一 外一名

被告 木本重徳

主文

原告らの被告に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対し各金二〇〇、〇〇〇円宛およびそれぞれこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告杉野孝一は被告に対し昭和三九年二月一九日金二〇〇、〇〇〇円を、原告商都交通株式会社は同年四月一三日金二〇〇、〇〇〇円をそれぞれ貸与した。

二、ところが被告は原告らに対し右各貸金を返済しないので原告らはいずれも昭和四二年一〇月三一日付翌一一月一日到達の内容証明郵便をもつてその返済を催告したが応じない。

三、よつて原告両名は被告に対しそれぞれ金二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、事情として、

原告らが被告に対し本件各金員を貸与するに至つた経緯はつぎのとおりである。すなわち原告杉野孝一は原告会社常務取締役の地位にあり従来個人として原告会社従業員が他から住宅資金等を借入れるについて保証を行つていたものであるが、被告も昭和三六年六月二〇日訴外日本貯蓄信用組合から金三五〇、〇〇〇円を借り受けるについて保証をなし、被告は二ケ年間にわたつて完済したことがあつた。右のような事情より原告杉野孝一は被告を信用し、被告の懇請に応じ昭和三九年二月一九日退職金を引当てに金二〇〇、〇〇〇円を貸与したものである。さらに被告は原告杉野に対し大阪市東住吉区湯里町三丁目一五九番地の建売家屋を買受け階下をガレーヂに設計変更工事をするための資金として、金員の融通方を申し出たもので、原告会社に取り次いだ結果原告会社より昭和三九年四月一三日被告に対し金二〇〇、〇〇〇円を貸与するに至つたものであると付陳し、

被告の抗弁に対し、

一、原告らが被告に対し本件各貸金の返還義務を免除した旨の抗弁事実はすべて否認する。すなわち被告は昭和四一年一一月一日付で原告商都交通株式会社を退職し、同月七日原告会社より退職金の支払を受けたものであるが、同日原告杉野は被告に対し貸借の際の約旨に従い貸金の返済を求めたところ、被告はその支払猶予方を懇請し被告の妻と話し合つたうえ返済期日を申出るとのことであつたので、同原告は被告を信頼し、右の申出を承認したものである。また原告会社の貸金については、退職金からの控除につき被告の承諾を得られなかつたので別途その返済を求めることとしたものである。

二、不法原因給付を理由とする原告の抗弁事実はすべて否認する。すなわち、被告は昭和二九年一一月一日原告会社に運転手として入社し、昭和三二年四月一三日商都交通労働組合執行委員、昭和三四年八月二五日より昭和三九年二月一七日まで同組合執行委員長の地位にあり、昭和三九年八月二五日以降原告会社観光部課長、昭和四〇年九月以降原告会社労務課長として勤務し、昭和四一年一一月一日付をもつて退社したものであるところ、被告は昭和三八年秋頃より個人タクシー申請の希望を申出ていたが、昭和三九年に入りその方針を決定し昭和三九年二月行われた労働組合大会において執行委員長に立候補せず申請の準備にかつた。そして申請に対し認可があるまで従来通り原告会社に勤務することを申し出るとともに、原告らに資金の援助方を懇請して来たのである。従つて昭和三九年二月の労働組合定期大会において、委員長に再選させないための工作として原告らが貸借形式により資金を提供したものであるとの被告の主張は事実に反する。昭和三九年二月当時被告が組合執行委員長であることが原告会社にとつて好ましくないとする事情は全く存在せず、当時の実状として原告会社が被告の執行委員長としての地位に干渉し得る余地もまたその実益もなかつた。事実右大会において新委員長が選出され、従前と変らぬ組合組織が確立し、被告個人の去就によつて組合活動が左右される情勢は存しなかつた。

と述べた。

立証〈省略〉

被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として

請求原因事実中、原告ら主張の内容証明郵便がその主張の日時に被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は原告商都交通株式会社より昭和三九年二月一九日同年四月一三日の各日時に金二〇〇、〇〇〇円宛合計四〇〇、〇〇〇円の交付を受けた事実はあるが、右金員はいずれも原告会社から贈与を受けたもので原告杉野より金員を借り受けた事実はないと述べ、抗弁として、

一、かりに被告が本件各金員を原告らとの間の消費貸借契約に基づいて借受けたものと認められるとしてもその後昭和四一年一一月七日退職金の交付を受けるにあたり、原告らは被告に対し右各資金につきその返還義務を免除する旨の意思を表示し、その結果退職金全額についてもその支払を受けたものである。

二、かりに右の主張が理由がないとしても、本件各金員の給付は不法原因によるものであるから原告らは被告に対して右金員の返還を求めることは許されない。すなわち被告は昭和三四年四月から昭和三九年二月までの五年間商都交通労働組員執行委員長の地位にあつたものであるが、原告会社は昭和三九年二月の右労働組合定期大会において被告が執行委員長に再選された場合、会社の経営を維持することが困難となることを惧れ、被告の立候補を断念させる目的で、昭和三九年一月二一日被告の不在中原告会社常務取締役の地位にある原告杉野孝一は大阪市東住吉区湯里町四丁目四〇番地の被告留守宅を訪れ同日午後三時ころより午後八時ころまでの間被告の妻千恵子に対し、被告が今後組合活動をせず、個人タクシーの認可がおりるまで原告会社に勤務することを条件として、被告が個人タクシーの認可を受けるについて、ガレージの確保その他に必要な資金を提供する旨を申し出て、被告をして組合選挙に立候補することを断念させるよう強引に説得し、ついで同月二四日夜、杉野孝一は大阪市南区坂町所在の料亭「長兵衛」に被告および妻千恵子を呼び出し、前同様金を出すから執行委員長の選挙に立候補しないよう勧誘した。よつて被告は昭和三九年二月の労働組合定期大会に立候補することを取り止める意を決し、委員長の地位を降りることとなつたので、原告らは昭和三九年二月一九日金二〇〇、〇〇〇円を同年四月一三日金二〇〇、〇〇〇円を被告に貸与したものである。

以上のとおり右金員は原告会社および同会社取締役の地位にある原告杉野において当時原告会社労働組合の執行委員長であつた被告に対し昭和三九年二月に施行された労働組合執行委員長の選挙に立候補しなければ被告が将来個人タクシーを営むための資金を供与することを申し出て労働組合の活動運営に対し支配介入をなし、その手段として給付されたもので、右原告らの所為は不当労働行為にあたり、その給付の原因に不法があるから返還を請求し得ない。

と述べた。立証〈省略〉

理由

一、成立の真正につき争いのない甲第一、第二号証、証人池田文夫の証言、原告本人杉野孝一尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、被告は原告杉野孝一より昭和三九年二月一九日に金二〇〇、〇〇〇円を、原告商都交通株式会社より同年四月一三日金二〇〇、〇〇〇円を返還約束のもとにそれぞれ交付を受けた事実を認めることができる。被告は本件各金員はいずれも原告会社より贈与を受けたものである旨主張し、証人木本千恵子の証言中には右の事実にそうが如き供述が存するけれども、右供述部分は前記事実の認定に供した各証拠に照らし採用することができず、他に前記の認定を左右するに足る証拠はない。

二、つぎに被告は昭和四一年一一月七日原告らは右借入金についてその返還を免除する旨の意思を表示しその結果退職金全額の支給を受けたものである旨主張するけれども右の事実を肯認するに足る証拠はない。かえつて証人池田文夫の証言によれば、被告は昭和四一年一一月一日付をもつて被告会社労務課長の地位を退職したものであるが、原告会社取締役訴外池田文夫は同月七日被告に退職金を支給するにあたつて原告杉野および会社社長より前記の借受金を退職金から控除することによつて返済を受けるよう依頼され、被告にその旨を告げたところ、被告は右各金員の借受の事実についてはこれを認めたが退職金からの控除について異議を述べ、訴外池田文夫、原告杉野、被告の三者間でその返済方法について協議の結果、原告杉野孝一の貸金については被告の申出に従い後日被告が妻と話し合つたうえその返済方法を申し出ることとし、原告杉野においても被告の妻に交渉するということで了承があり、原告商都交通株式会社の貸金については消費貸借契約の際の約定に従い、被告が個人タクシーの認可を受け営業を始めることになつてから返還を受けることとして、退職金の全額を被告に支給することとなつたものであることが認められ、以上の認定に反する証人木本千恵子の証言は採用し得ない。

三、つぎに被告は本件各消費貸借契約に基づく金員の交付が不法原因による給付であることを理由に原告の請求を争うので、右被告の主張を判断するに先立ち、右各消費貸借契約の効力について判断する。成立の真正につき争いのない甲第一、二号証第五号証、証人池田文夫木本千恵子の証言に弁論の全趣旨を綜合すると、被告は昭和三四年八月より昭和三九年二月までの間原告会社にタクシー運転手として勤務するかたわら、同会社商都労働組合執行委員長の地位にあつたものであるが、昭和三九年始めごろ個人タクシーの経営を希望し、原告会社に対しその準備資金の借入方申込みをしていたこと、原告会社常務取締役である原告杉野孝一は昭和三九年一月二一日被告の不在中その留守宅を訪れ、被告の妻千恵子に対し、被告が労働組合の執行委員長を辞めるのであれば金を出すから、それを個人タクシーの準備資金に使つてくれとの申出をなし、ついで同月二四日大阪市内の「長兵衛」なる料亭に被告夫婦を呼び出し同様の申出をなしたこと、被告は右申出に基づき役員を辞する意を決し、同年二月開催された組合大会における執行委員長選挙に立候補せず任期満了により退任したこと、原告杉野孝一は前記の申出に基づいて右組合大会数日前金五〇万円を被告に贈与し、ついで組合定期大会直後の二月一九日ころ本件貸金二〇万円を貸与し、さらに被告より資金不足を訴えられて原告会社代表取締役社長に取りつぎ、同人よりその処置を一任されて原告会社の代理人として同年四月一三日に本件貸金二〇万円を貸与したこと、右原告杉野孝一の貸金については、従前同原告は従業員らが銀行より金員を借り入れるについて保証人となつた例はあつたが個人として従業員に直接金員を貸与することは異例に属し、また原告杉野と被告との間には会社役員と従業員との関係以上に特に私的に親密な間柄にあつたものとは認め難いこと、さらに原告会社の貸金についても内部的には原告会社の計理とは無関係に原告会社代表者個人の負担において支出されたものであること、被告が昭和四一年一一月一日原告会社を退職するに際し、原告会社に対し退職金の増額方を交渉したところ、原告会社代表者は、取締役である訴外池田文夫を通じ、被告には、執行委員長を辞めるときにちやんとしてあるから出せないとの理由で右の要求を拒否した事実があり、右は前記認定の被告が執行委員長を辞するについて金員を贈与した事実を意味するものと思料されること以上の事実が認められ、右認定の事実に徴すると、原告杉野および原告会社による本件各貸金は、被告が次期執行委員長の選挙に立候補せず、任期の満了により退任したことに対し、予め原告会社常務取締役である原告杉野孝一による利益供与の約束に基づいて貸与されたもので、原告杉野は原告会社代表者の意を体して被告の金融の便宜を計るため本件各消費貸借契約を締結したものと推認するのを相当とし、以上の認定に反する原告杉野孝一本人尋問の結果はたやすく措信し難い。

ところでおよそ使用者が労働組合役員の地位にある者に対し、その対価として金銭その他財産上の利益を供与することを申出て組合役員の選挙に立候補しないよう勧誘する行為はそれが労働組合の運営に影響を及ぼす性質のものであることは明らかであるから、労働組合法第七条第二項にいう労働組合に対する支配介入にあたり不当労働行為を構成するものというべく、右利益供与行為が当該組合役員との間の金銭消費貸借に基づく金員の貸与として行われた場合には、右契約は支配介入行為と密接不可分の関係にあるものとして不法性を帯び労使関係を支配する公の秩序に違反し無効というべきである。

四、そうすると原告杉野孝一、同商都交通株式会社と被告との間の本件各消費貸借契約はその効力を有しないものといわなければならないから、その有効なことを前提とする原告らの本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 名越昭彦)

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